第19回 蜂蜜屋とジャム屋と猟師のコーヒーブレイク

ローカルの強みは人と人の近さだ

 出会って1時間後には、蜂蜜づくりの季節になったら丸山さんのところへ見学に行く話になっていた。ジャム屋さんはカフェもやっているので、今度いらっしゃいと誘ってもらった。自然農法のワークショップに参加しているツマを教えているのが丸山さんの同級生だとわかったり、松本に移住しようとしているジャム屋さんの息子夫婦が住みたがっているのが我が家の近くだったりするのも、面白い偶然だ。

 花咲く季節が訪れたら、ぼくは丸山さんやジャム屋さんのところへ行くだろう。丸山さんの同級生とも近いうちに知り合う予感がする。ジャム屋さんの息子さんも同様だ。それが不思議な感覚だった。

 東京にいれば、ましてライターという職業なら、人と知り合う機会はそれなりにある。話が盛り上がったり、共通の知人がいることだってなくはない。でも、知り合った人との交流が深まるなんて、ぼくの場合それほど多くはないのだ。別れ際、「こんどメシでも」や「近いうちにまた」と挨拶するたびに、食事もしないだろうし、次の機会なんて訪れそうにないなと思ってしまう。たまにあったとしても、それはほぼ100%仕事がらみだ。

 この違いは何だろう。初対面にもかかわらず、距離の壁を感じないのはなぜだろう。長野県の人が特別に人懐っこいわけではないし...。

「信用というのかな、いったん打ち解けさえすれば、あとは気軽なんですよ。都会と比べたら少ないかもしれないけど、面白い人はどこにでもいるじゃない。その一人と知り合うことができたら、数珠つなぎに輪が広がる面はあるんじゃないかな。そう考えたら、田舎も悪くないでしょう?」

 宮澤さんが、そういって笑う。みゆきさんがコーヒーのお替りを注いでくれた。 

「店をやっていても、つながりが生まれるのが一番楽しいんですよ。丸山君がコーヒー飲んでたら、たまたま幸男(宮澤さん)が北尾さんときた。ジャム屋さんもきた。引き寄せるものがあったからそうなったんだと、私は考えちゃう」

 人の結びつきが強く、人間関係が濃い。それを嫌う人もいて、ぼくも得意なほうじゃない。しかし、うまくいけばそれは、出会いたい人とくまなく知り合うチャンスがあるということなのだ。

 丸山さんが引き上げ、ジャム屋さんも奥さんが迎えに来た。外は雪が降り始めている。

「山の上に住んでいるので、ひどくなる前に帰らないと立ち往生しちゃうんですよ。こういうことも住んでみてわかることだよね。雪が消えたら、ぜひ遊びにいらしてください」

 天気予報では、夜にかけて雪模様。明日は回復の見込み。問題は明後日、狩猟最終日の天候だ。

「崩れるかもしれませんが、どうかな、雪の量まではわからないね。北尾さん、こっちにくる?」

 もちろん。明日は用事があるが、最終日は終日空けておいたのだ。ぜひ、師匠と一緒に今シーズンの撃ち納めをしたい。

◇   ◇

 店を出て別れ、宮澤さんは『八珍』へ。ぼくは松本にハンドルを切った。そろそろ日が暮れようとしている。短く感じたが、2時間以上も喋っていたのだ。

前を走っていたトラックが道を譲ってくれ、ぼくのクルマのライトが舞い踊る雪を照らす。雪質は重く、路面に達するとすぐ溶けているようだ。頼むから積もるなよ。そう願いながらアクセルを踏み込んだ。

今回のイラスト