第26回(最終回) 鳥獣被害対策の前線で(後)
2015年4月
24日
猿たちは道路際で食べ物を探している様子だったが、50メートルほど手前で車を停めて外へ出ると、山のほうへ逃げ始めた。遅れて畑から戻ってくるのもいる。全部で8匹確認できた。この群れにGPS発信機をつけた猿がいるという。
「この距離で逃げ出すのは、まだ人間をナメ切っていない証拠です。いま手を打てばぎりぎり間に合うけれど、人が寄っても逃げないとか、攻撃的になったらやっかいなんです」
データをダウンロードすると、群れが活発に移動しているのがわかる。ここには少なくとも3つの群れがいて、数十匹が集団行動をしている。群れはボス猿が率いていると長年信じられてきたが、最近の研究では、群れのリーダーは子育てをするメス猿たちであることが明らかになってきた。といって、授乳中のメスを獲るとリーダーが不在になり、群れが分裂して小グループ増えるばかりで、かえって対策が取りにくい。市川さんは、猿に対して何かするより、人の考え方を変えるほうが効果的だと考えている。
山に逃げた猿は、少し離れたところからこちらの様子を窺〔うかが〕っている。なおもじっと見ていると、あきらめたように森の中に姿を消した。
◇ ◇
BO-GAに調査を依頼したのは、辰野町猟友会川島支部長の根橋正美さん。約280戸からなる川島区が猿の被害に悩みだしたのは、ここ数年のことだという。
「この奥に国有林があって、猿はそこで生活していたんです。見かけるようになったのは平成8年くらいから。当時は知識もなかったもんで、可愛い猿だなんて言ってたんです。だんだん数が増え、ここらの山で暮らすようになったの。畑を荒らし始めてやっと、イノシシより始末が悪いことがわかってきた」
イノシシの被害は昔からあるが、山と道路の境界線に電気柵を張り巡らせ、定期的な見回りとメンテナンスを施せば、目に見えて効果がある。地区には狩猟免許所持者が29人いて、銃やワナで駆除もできる。農地に侵入されることもあるが、イノシシは単独か、せいぜい親子での行動なので、一度の被害はそれほどでもない。
群れで行動する猿は、いったん農地に入ると作物を食べ尽くしてしまう。電気柵も効き目がなく、有効な対策がないため困り果ててしまった。鹿やイノシシの被害ばかりがクローズアップされがちで目立たないが、猿の被害も放置できないほど広がってきているとは知らなかった。
でも、BO-GAの専門は調査である。猿の行動範囲や暮らしぶりを知ることで、どんな対策が打てるのか。その点に関して、市川さんと根橋さんは協力し合いながら答えを探しているところ。猿を捕獲して殺せば解決するとは考えていない。
そうだよなあ。猿にしてみたら、苦労して山で食べ物を探すより、畑で栄養満点の野菜を食べるほうが効率がいいのだ。でも、それでは人間が困る。じゃあどうするか。"山際ストップ&キャッチ作戦"である。
ここの猿たちは、人か近づくと逃げる。ときにはワナにかかる仲間もいて、人は危険だと思っている。であれば、猿が人を目撃する機会を増やせばいい。そして、猿は山で、人は里で暮らせばいい。素朴な発想だけれど、基本はそこだという。イノシシや猿が畑を荒らすのは、ラクしておいしいものが食べられるからで、山に食料がないからではない。少なくとも、川島区の山はそうだ。
「集落の人にね、車から猿を見かけたら、降りて近寄ってくれと。いまのところ猿は人が怖いんだから。もちろん、それだけで解決できるとは思ってませんよ。具体的な対策を考えていかなきゃならない。だけど、まずはみんなで協力して被害を減らす意識を持つべき。人を恐れなくなったら手がつけられなくなります。猟師だけがんばりゃいいなんてことではとても解決できません。でも、猿がどれだけいて、どんな行動をしているかデータがなければ因果関係が説明できないでしょう。だから、BO-GAさんにはそこから始めていただいてます」
猿との戦争ではなく、共存共栄を目指す考え方は、鹿やイノシシ対策にも必要なことだと思う。個体数を減らしたいがために、獲るだけ獲って山に放置するやり方をしていくと、今度はその肉を食べる動物が数を増やし、それはそれで自然界のバランスを乱すことにつながるのではないだろうか。