第23回 狩猟は地域おこしの役に立つか
2015年4月
3日
昨年の狩猟サミットでは、環境保護や猟に関する活動をしている方々によるプレゼンテーションの時間があった。その中で印象に残ったのが井野春香さんという20代の女性が立ち上げた"けもかわプロジェクト"なる試み。「獣」と「カワイイ」を組み合わせた造語である。短時間のプレゼンだったので、鹿の皮を使って名札ケースやストラップを製作していることくらいしかわからなかったが、そういう発想は自分にはなかったと驚き、もっと詳しく話を聞きたいと思っていた。
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井野さんが活動するのは長野県南部の下伊那郡泰阜〔やすおか〕村。松本からは高速を使ってざっと2時間の距離である。人口は1750人ほどで、すごくのんびりした雰囲気だ。待ち合わせした村役場で井野さんと会い、役場に隣接する食堂でランチを食べながら、彼女がどんな経緯で"けもかわプロジェクト"をやるに至ったかを尋ねた。狩猟サミットのとき、地域おこし協力隊として泰阜村に雇用されたと言っていた記憶がある。
「はい。生まれは熊本県の阿蘇で、島根大学に進学。長野県へ来たのは就活がきっかけだったんです」
学生時代、自然や環境について学んでいた井野さんは2010年、縁あって泰阜村に本拠を置くNPO団体のグリーンウッド自然体験教育センターに進路を定め、やってきたのだという。山村留学やキャンプ、森の幼稚園など、おもに子供とファミリーを対象とした事業に関わるうちに、鹿に特化したことをやりたくなり、退職して村の嘱託職員となった。狩猟免許の取得は2011年。仕事と直接の関係はなかったが、学生時代から興味を持ち、解体作業の経験もあったので、1種とわな猟の免許を取った。地域密着型の仕事をすれば地元の人たちと知り合う。興味があれば猟師とも親しくなる。井野さんにとって、狩猟免許を取ることは自然な流れだったのだ。
「転機は2011年の東日本大震災だったかもしれません。3.11の後、セシウムの問題で鹿肉を食べさせるのを控えた時期がありました。獲るけど食べない。自分用に食べるけど人には食べさせられない。それはヘンじゃないかと素朴に思ったんですよね。検査の態勢を整えたり、加工場を作ることも必要ですが、そういうやり方以外にも何かできるんじゃないかと。で、村長さんに企画を持ち込む形で2013年春から協力隊員になりました」
その企画が"けもかわプロジェクト"。害獣駆除で捕まえた鹿の皮を利用し、村のPRに結び付ける狙いだ。プロジェクトは話題になってメディアにもよく取り上げられ、泰阜村産のグッズは長野市の東急ハンズなどでも販売されるようになった。たった1、2年でそこまで達成できたのは上出来だし、PR効果も高かったはず。ちなみに、ぼくが泰阜という地名を<やすおか>と読めるのは、新聞などで何度か井野さんのインタビュー記事を読んだからだ。
でも、なぜ皮なんだろう。泰阜村には50名ほど猟師がいて人材豊富。経済活動をしようとしたら、まず思いつくのは肉の活用のはず。が、"けもかわ"は猟師が見向きもしない鹿皮でグッズを作り販売した。その発想を不思議に思っていたのだが、話すうちにわかってきたのは、井野さんの中長期的な展望だった。
材料となる皮は調達できても、なめしや加工の技術を持たない泰阜村。現在、なめしは東京の"またぎプロジェクト"、加工は上田市の"上田ジビエ"に外注している。将来、これらを村内でできるようになったらどうだろう。
「"けもかわプロジェクト"では、わな猟の見学や解体、料理までを泊りがけで体験できる狩猟体験ツアーや、クラフトづくりの体験ツアーを実施しています。猟友会の人たちが協力的だからこそできるのですが、こうした狩猟文化の伝統を生かした活動を増やすことで地域の女性たちに働く場所を提供していくことが私の目標です」
いまは、がんばって広げてきたネットワークがつながってきて、ようやく動きやすくなってきた段階。地域おこし協力隊の任期は最大3年間だというのに、あっという間に2年が経ってしまった。任期終了後はどうするか、先のことも決めていかなければならない。
「私はここに残るつもりです。村で食肉加工施設を作るので、管理人として働けるかもしれません。"けもかわ"も、法人化して続けたいです」
これまではわな猟だけだったが、来季からは銃も所持し、狩猟にも力を入れるつもりだ。若い仲間も増えてきて、一緒にやって行ける手応えもつかんだ。隊員を卒業したら、今度は村の一員となるための日々が始まるのだろう。