第25回 鳥獣被害対策の前線で(前)
2015年4月
17日
鳥獣保護法の改正で狩猟界は変わるのか?
狩猟の世界と積極的に関わっているのは市川さんだ。自然保護を考える際に、増えすぎた動物の問題は避けて通れず、ここ数年、環境省が主催する狩猟フォーラムのコーディネイトを全国各地で行ってきた。
「来場者は増えています。7割は狩猟免許を持っていない人たちで、狩猟とはどういうものか、ハンターによりテーマトークやワークショップで知ってもらうのが主な目的。手ごたえはあります。猟師が減ってきている今、理解を深め、数を増やすことは必要なこと。直接、何かを調査する仕事ではありませんが、こういう取り組みを同時進行でやって行かないと前へ進めないと思っています」
市川さんは、5月に施行される認定鳥獣捕獲等事業者の新制度でも、講習の運営やテキスト作り(資格認定には10時間の講習を受ける義務がある)に関わっている。この制度のことはまだ広く知られていないけれど、ざっくりまとめると、害獣駆除活動を猟師まかせにするのではなく、事業者に委託し、ビジネスとしてやってもらおうとするもの。以前、プロ猟師の加藤さんから聞いていた話が、いよいよ動き出すのだ。
事業者が我が物顔で山に入って行ったら、地元猟師はおもしろくないかもしれない。当初はトラブルも起きるだろう。自然保護も動物への慈しみもない、金のためだけに命を奪おうとする事業者が交じり込む可能性もある。獲った肉を解体していたら数が減らせないので、山に埋めてしまい、食肉利用に結び付かない点も難題だ。
狩猟はもともと趣味性の高いもので、害獣駆除に力を入れるようになったのは最近のこと。ぼくもそうだが、自然の中で遊びつつ、必要な分だけ動物の命をいただき、美味しく食べるのが基本だ。しかし、もはやそうも言っていられない現実がある。天敵がおらず、増えすぎた動物によって山は荒れ、地盤はゆるみ、農作物の被害が後を絶たない。天敵の役目を果たしていた猟師の高齢化や数の激減で、放っておけないほどの事態になっている。
ぼくが猟を始めたように、新しいタイプの狩猟者も出てきてはいるが、それ以上に減るのが早い。狩猟フォーラムだけじゃ追いつかないのは目に見えている。そこで、趣味や遊びではなく、駆除の専門家である認定鳥獣捕獲等事業者を制度化し、森や農地の被害に歯止めをかける。方向性としては間違っていないと思う。が、世の中、理屈じゃないからなあ。猟友会との関係ひとつとっても、定着までには時間がかるだろう。市川さんみたいな人が行政と猟師の間にいて、調整役となっていかないと。
大変な面もあるけれど、環境コンサルタントとして時代の変化に立ち会っていくのは楽しそうだ。調べて終わり、ではなく、調べたことをもとに現状を分析し、対応策を提示する。人々に問題意識を持ってもらい、一緒に考える。自然を相手にしているようでいて、この仕事は人間臭い部分がある。トータルでやろうとしたら期間は長引くし、効率の良いビジネスはしにくいだろうけど...。
さてと。仕事の概要はおおよそわかったので現場に連れて行ってくださいよ。今日は現場で調査があると聞いてきたんです。
「わかりました。じゃ、猿の調査に行きましょう」
鹿やイノシシじゃなく猿、ですか?
◇ ◇
目的地は上伊那郡辰野町川島区。近年、猿の被害が増えてきたので調査を依頼されているという。鹿やイノシシはさんざん聞かされるが、害獣駆除の対象ではない猿も農作物を荒らすのだ。でも、どこから手を付けるのだろう。
「行動範囲や個体数の現状把握からですね。わなにかかった猿の首にGPS発信機をつけ、位置データを集めることで、どこをどう動いているかがわかります。それには受信できる場所に出向かなければならないわけで、今日はこれから猿を追います」
松本を出て小一時間。辰野町に入ったあたりで、市川さんがクルマの屋根にアンテナを設置。無線機の電源をオンにした。ザーっという雑音に混じり、かすかにピッピッと音がする。発信機を付けた猿がいるのだ。
「まだ遠いですね。あ、少しクリアになってきた。探すのに時間のかかる日もあるんですが、今日は運がいいかもしれない。もう近いですね。数百メートルの距離にいそうですよ」
幹線道路から、川島区に入る道を右折すると、右手に山が迫り、左手には畑や田んぼが広がる風景になった。遠くには集落が見える。