第16回 はじめての巻狩り(後)

 セコ役は15名ほどだろうか。雪を踏みしめながら、一直線に斜面を登っていく。一番上を任された若者二人は打ち合わせ前に出発しており、その足跡を追うように、縦一列で黙々と歩いた。ところどころ、鹿に樹皮を食べられた木に出会う。

 互いの姿が見えない山中で猟をするには、無線連絡が必須。大物猟をやる猟師の多くはアマチュア無線の免許を持ち、リーダーの指示によって陣形を整える。もっとも避けなければならないのは誤発射やケガ。全員が無事に山を下りることが何より大切だ。

 休憩を挟んで歩くこと45分、完全に息が上がってしまった。動きを止めると後ろの人が登れなくなるので、先を譲って腰を下ろし、タオルで顔をぬぐう。ショックだ。年長者より先に動けなくなってしまった。

 現在地は山の中腹あたりだろうか。すでに下着は汗まみれ。座っているとみるみる冷えてくるので、立ち上がって足踏みをした。ぼくの前を歩いていたスタッフが戻ってきて、この場所からスタートする旨を告げられる。後ろには取材にきた新聞社の記者と、最後方を受け持つ人がいる。前と後ろの人が見えるくらいの間隔で並ぶように言われていたから、30メートル間隔として400~500メートル、数珠つなぎのようにセコが"壁"を作ることになる。そして、合図を契機に、声を出しながら同じ方向に歩き、タツマが待ち構えるエリアへ獲物を誘導するのだ。

 セコとセコの間にはいっぱい隙間があるんだから、いくらでも逃げられると思うかもしれないが、鹿やイノシシにとって、押し寄せる人の気配や声は脅威だから、そこから遠ざかろうとする。もちろん、パニック状態になった獲物が走り回り、セコの間を抜かれることだってあるけれど、人材豊富な今日は、それに備えてセコの背後にもタツマを配置している。その位置は、地元猟師が経験上知っている、鹿やイノシシの通り道だ。

 リーダーの指示があるまで待機となり、ぼんやり立っていると、スタッフの人が、セコの要領を教えてくれた。

「動き始めたら、なるべく間隔を守り、進み過ぎたり遅れすぎたりしないこと。上下にいる人を見失うとどこにいるかわからなくなるので注意してください」

 セコは急斜面を横断することになるが、雪や木々に邪魔され、まっすぐに進むことは困難。油断するとすぐ、上下にズレてしまう。また、一丸となって獲物を追い詰めなければ、間を抜かれやすくなる。

「そうはいっても初めてだとわからないよね。とりあえず、20メートルほど先の目標を決めてそこまで行き、周囲の状況を確認してまた進むのがいいですよ。あ、それから、歩くときには『ほーい、ほいほいほい』と声を出しながら進んでください」

 ほーい、ほいほいほい、ですね。

「そうです。なるべくにぎやかに、声を張り上げます。驚かせるため、ロケット花火もたくさん鳴らしますよ。棒を持つのもいいですね。木の幹などを叩いて音を出します」

 話をしていると、100メートルほど先をイノシシが登っていくのが見えた。しばらくすると子供だろうか、もう一頭が後を追う。人の気配を察知し、安全な場所へ逃げようとしているのだろう。

 やはり、いるのだ。下からはまったく見えなかったが、おそらく鹿もどこかに潜んでいると思われる。

「いま、シシが2頭上がっていきました。親子のようです」

 すかさずスタッフが無線連絡。聞いているぼくも、緊張感が高まってきた。