第15回 はじめての巻狩り(前)

 午前6時起床。厚めのアンダーウェアを着込み、昨夜握ったおにぎりと水筒をデイパックに入れて、7時前に家を出た。天候は晴れ。気温はマイナス6度を示している。

 今日は中部森林管理局が主催する"北アルプス山麓ニホンジカ合同捕獲(以下、合同捕獲)"の日。年に2回、複数の猟友会メンバーが協力し合い、害獣駆除活動をするのだ。

 集合場所の松本市安曇支所につくと、猟師が続々と集まってきていた。その数ざっと30名。主催者側のスタッフ、長野県や松本市の林務担当者、環境調査会社、信濃毎日新聞記者などを合わせ、44名の大所帯である。

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 捕獲方法は"巻狩り"。狩場を四方から取り囲んで獲物を追い立てる伝統的な猟の方法だ。人数が揃わないとできない、ある意味贅沢〔ぜいたく〕な狩猟スタイルでもある。猟師の数が減ったいまでは、大物猟は10名前後のチームで行われるのが普通。獲物の追い出し役として猟犬を活用するのが主流となっている。

 わざわざ巻狩りを実施するのは、単に害獣を駆除する目的だけではないからだ。鹿やイノシシによる森林や農作物の被害は年々深刻さを増し、駆除活動も盛んに行われるようになってきた。長野県では、平成25年度に約3万5000頭の鹿を駆除している。その多くを猟師たちの協力に頼っているわけで、相当がんばって活動した結果の数字と考えて良いだろう。

 それでも、繁殖力旺盛な鹿は思うように減らない。彼らはどこからやってくるのか。どこでどう過ごし、どのように移動するのか。何を食べているのか、食べないのか。どの程度の標高まで生活圏としているのか。効率的に減らすためには、鹿の生態をもっとよく知る必要があり、今日の巻狩りもその一環として行われる。行政のスタッフも積極的に猟に参加し、大物猟の実態を知るための貴重な機会にしようと意欲的だ。

 じつは、ぼくは最初、こんなに大勢集まってどうするのだと疑問を抱いたのだ。駆除が目的なら、犬を使い、猟友会ごとに数カ所で猟をするほうが実績上がるだろうと。でも、主催側の責任者である中部森林管理局の渡邊修さんと話していて、そうじゃないことに気がついた。

 森林技術指導官である渡邊さんは、わな猟の免許を取得しているが、大物猟の経験は乏しい。スタッフの中には狩猟免許を持たない人もいる。森林の知識はあっても大物猟の現場感覚がないわけだ。

 一方の猟師は、経験によって培われた感覚と、獲物たちに関する膨大な情報を持っているが、いちいちデータ化はしない。何月何日にどこで何を何頭獲ったという情報をいくら集めても、行政サイドが蓄積できるデータはたかが知れている。猟師の奮闘を十分に活かそうとすれば、行政も現場を知る必要があるのだ。わざわざ巻狩りをする意味は、そのあたりにありそうだった。

 朝の打ち合わせ会は簡単に済んだ。作戦はシンプルで、猟師にとっては特別なものではないからだ。いつもより人数をかけ、猟友会ごとに担当エリアを分担し、協力して狩りをするだけのことである。細かい説明などされないが、合同捕獲は素人参加の体験ツアーではないのだから、これでいいのだ。